も~う! 考えたくないのに頭から離れない! こんなときどうしたらいいの?
「考えたくない」って思うほど逆に考えてしまい難しいですよね・・・
今回は「考えたくない事を考えない」方法について説明していこうと思います。
体を動かす・坐禅・音楽を聴くなど、いろいろな意見がありますが、多くの方法に共通しているのは「脳の作業記憶」と呼ばれる機能が関係していることです。
まず、やってみよう!
はい。目の前にリンゴを置いてみました。このリンゴについて考えないでください。
リンゴを考えない。
リンゴを考えない。
🍎🍎🍎🍎・・・無理。
ですよね。人間の脳って「意識的に考えない」ことは、とっても苦手なんです。ところで下を見て下さい。↓↓↓↓
あ、スイカだ!
美味しそう♪🍉🍉
みずみずしくて美味しそうですね♪ 黒いしま模様は何本見えます?
1,2,3・・・7本。
正解! では、黒い種は何個見えますかね?
1,2,3・・・12個かなぁ。
ホント? 良く見るとうっすら透けて見える種もありません?
え!? う~ん、良く見るとうっすら白い種は透けて見えるけど・・・他にもあるのかなぁ。
うんうん。ところで今、リンゴについて考えていました?
あっ! 考えてなかった!!
なんで?
あなたの脳の作業記憶を、僕がスイカでいっぱいにしちゃったので、リンゴが追い出されました。
作業記憶?
作業記憶(working memory)とは
作業記憶 (working memory) とは、何か物事をするとき、必要な事を一時的に記憶し、物事が済んだら消される記憶領域であり、人間が物事を考えているときのワーキングスペースでもあります。
ちょっと分かりにくいですよね。買い物でスーパーに行く場面の例で考えてみましょう。
例:買い物と作業記憶
例えば今から、味噌汁の材料のネギと豆腐、それから牛乳をスーパーに買いに行くとしましょう。この場合、あなたの頭の作業記憶は下の図のようになります。
そして、スーパーに着き、ネギと豆腐を買った後の作業記憶は下図のようになります。
はじめに覚えていた、
- スーパーに行く。
- ネギを買う。
- とうふを買う。
は終わったので消され、新しい
- 最後、牛乳を買ったらレジに行って帰る。
が作業記憶に追加されました。
このように、作業記憶のおかげで人間は、
「Aをやって→Bをやって→最後にCをやる。」
と考えて計画的に行動できるのです。
そして、作業記憶は実はそんなに大きくないため、終わったものはすぐ消されて新しい事を覚えるスペースが作られます。何かを考えているとき、人間の脳では絶えず作業記憶を覚えては消してが繰り返されているのです。
では、はじめのリンゴとスイカの話に戻ってみましょう。
はじめは、「りんごを考えない」と強く意識した結果、逆にリンゴで頭が埋まってしまいました。
ところが後からスイカの情報が追加され、「しま模様は?」とか「種が何個?」とか、次々にスイカの情報が増やされていきます。
どんどんスイカの情報を足していくと、そもそも作業記憶は大きくないので、やがてリンゴが押し出されてしまいます。
このように、元々大きくない考えるためのワーキングスペースである作業記憶を、他の事で埋めてしまって追い出すというのは、「考えたくないことを考えない」ときに使えるテクニックの一つです。
そして追い出す方法に、「体を動かす」とか「音楽を聴く」とかいろいろある訳です。
最後に、個々のテクニックと作業記憶について考えていきましょう。
運動と作業記憶
スポーツはかなり作業記憶を消費します。
たとえば卓球をしているときの頭の中では、
書き出したら切りがないくらい、時間と共に変わっていく短い一時的な記憶を使って試合をしています。作業記憶はフル稼働。嫌なことを思い出して、それについて考えるための作業記憶のスペースはほぼ作れなそうですね。
これがいわゆる、「運動をしてリフレッシュする」というやつです。
みなさんも大事な考えごとをするときは、「卓球の試合をしながら真剣に考えよ」なんてしませんよね。無意識に作業記憶のスペースをとられないような静かな場所などを選んでいるのではないでしょうか。
坐禅と作業記憶
坐禅は熟練者になると「考えない」という状態を作り出せるそうですが、まだ熟練していない修行中の初心者はどうしているのでしょう?
座禅では先ほどの卓球と真逆で、何もできないので物事を考えるワーキングスペースの作業記憶はたっぷり空いています。忙しいときなら考えないようなことまで考え過ぎてしまい、悩みや不安といった「煩悩」に意識が向きやすい状況です。
私自身は坐禅の経験はないのですが、経験者によると「初心者のうちは呼吸法に意識を集中する」というテクニックを使うそうです。坐禅では、長く深い特殊な呼吸法を練習し、初心者のうちはその呼吸がきちんとできているかに意識を集中します。
坐禅初心者は、呼吸法ばかり「考える」ことで作業記憶を埋めてしまうという、一番はじめの「リンゴとスイカ」で行ったことと同じアプローチを使うわけです。
寝る前の時間と作業記憶
人間はふつうに生活するだけで、下図のようにたくさんの作業記憶を使っています。
ところが1日の最後、寝る前の時間は坐禅のときのように物事を考えるワーキングスペースの作業記憶に余裕が出てしまうことがあります。このタイミングで嫌な事をあれこれ考えて出してしまったら、どのように対処したら良いのでしょうか?
1番はじめにやったように、「意識的に考えない」は難しいです。
寝る前ですから、卓球しに行くわけにはいきません。
ここでも、「リンゴとスイカ」のときと同じようにアプローチしていきます。
他事に意識を集中させていく
スイカについて、シマ模様の数や種の数まで分かるレベルで意識を集中させたように、他事へ意識を集中させていきます。例えば、明日の予定について、
- 6時半に起きる。
- 起きたらまず麦茶を1杯飲む。
- 次にトイレ行く。
- その後、服はアレとアレを着る。
- 服着たら洗濯機回す。
- 朝食はパンをトーストにして、バターとジャムを塗る。
- ブドウが余ってたからそれも食べよ。
- 洗濯物を7時15分から干す。
- 7時40分には家を出るぞ。
・・・・まだまだ、考えたくないことを作業記憶から押し出すまで、どんどん考えていきます。
スイカに意識を集中させたように、できるだけ具体的に細かく考えだすと、元々大きくない考えるワーキングスペースである作業記憶は、後から考えだしたことでやがて埋まってしまいます。
五感を研ぎ澄まして他事に専念する方法もあります。
例えば、私の使っている布団カバーには花が描かれているのですが、布団カバーの模様に意識を集中して、
- ピンクの花だけかと思ったら、良く見たら紫の花も描いてあるな。
- おや、黄色やオレンジの花も少ないけど描かれていたのか。
- 花はいくつあるのかな。数えよう。1,2,3・・・・
- 緑色の葉っぱが多いけど、他の色もあるのかな?
- ぎゅう~ってするときの感触が気持ちいいな。もっと触感に集中しよ。
- ん?なんの臭いだろ? ひょっとして少し汗臭い? それともカビ? 明日布団カバー洗わなきゃ。
・・・・などなど
このようにして、作業記憶のスペースは大きくないという人間の脳の特徴を突いて、後から考えたことで押し出してしまうのです。
そしてこの、「今」「ここ」に感覚や意識を集中するアプローチは精神医学の世界では古くから行われてきました。ユダヤ人の精神科医の考えた「ゲシュタルト療法」と呼ばれるものや、一時期ビジネスマンの間で流行した「マインドフルネス」と呼ばれる技法、精神医学の世界で自律神経系を整えるために行う「漸進的筋弛緩法」などは、いずれも「今」「ここ」に感覚や意識を集中することを重視しています。
こういったテクニックを学ぶために、お近くの精神科でカウンセリングを利用するという方法もあります。
このホームページでは、出来るだけわかりやすく心の病気について説明していますので、他の記事もぜひ読んでいただき、病気の理解を深めてもらえれば幸いです。
資格
・日本精神神経学会認定 精神科専門医
・厚生労働省認定 精神保健指定医
・日本医師会認定 認定産業医
・厚生労働省認定 麻酔科標榜医
・日本麻酔科学会認定 麻酔科認定医(2017年~2022年迄)
略歴
愛知県立明和高校卒業後、山梨大学医学部医学科へ進学。卒業後は豊田厚生病院での研修を経て名古屋大学精神科へ入局。その後、大学の関連病院で勤務の後、2022年に大曽根駅前こころのクリニック院長就任。
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